『高熱隧道』は高温や泡雪崩にやられてもへこたれなかった男たちの物語

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『高熱隧道』(こうねつずいどう 吉村昭著 新潮文庫)を読みました。2ヶ月ほど前です。隅々まで内容を覚えているわけもなく、ハッキリと記憶に残っていることやジンワリジンワリ思い出すこと、ウィキペディアなんかをもとに、この長編ノンフィクションのことを書きます。

『高熱隧道』の舞台は黒部峡谷です。昭和11年(1936)、世界が硝煙に包み込まれようとしているとき、電力の増産という喫緊な国策で黒部川第三発電所の建設が始まりました。上流のダム(仙人谷ダム)建設に必要な人員や資材を運ぶ軌道トンネルの掘削工事、ダムから下流の発電所までドバーッと水を流す水路の掘削工事、苛烈な自然にあらがいながら掘削に挑む技師や人夫(いまは肉体労働者?)の壮絶な働きぶりが描かれています。

工事は高温の岩盤に難航します。掘り進めるにつれて温度はどんどん上がり、摂氏100度を優に超え、切端(きりは 坑道の先端部)で働く人夫にホースで水をかける担当の人夫がついても1回の作業時間は10分ほどが限度で、ダイナマイトが高温で暴発して大勢の犠牲者が出たり、岩盤の高熱にやっつけられます。

宿舎が吹き飛ばされてたくさんの犠牲者が出るという災害も起きました。ある技師が「ほう、ほう」と憑かれたように呟く場面があったと思うんですが、人夫ごと宿舎をちぎって600m余りも放り投げた泡雪崩(ほうなだれ)という自然の猛威に精神の均衡も崩されていく様が描写されています。

数多くの犠牲者ながら1日に1mほどしか進まない掘削をへこたれずに続け、ついに軌道トンネルと水路は昭和15年に完工。難工事を成し遂げた技師や人夫は歓喜に浸りはしたけれど、長年にわたるツラい仕事のなかで鬱積されてきたドス黒い思念に追われるように隧道を去っていきます。

発電所のある欅平から仙人谷ダム間の13キロ余りの区間は水平歩道と呼ばれ、黒部川左岸の崖を削り取った道は狭く高度感たっぷりで、その上流の黒部ダムまで続く旧日電歩道(下ノ廊下)を含めて上級者向けの登山道だとされています。『高熱隧道』の工事中も資材運搬用道に使用されていて、何度も滑落事故が起きた難路です。といっても歩いたことがないのでビシッと言えないのですが、動画なんかを見る限りとんでもなくデンジャラスな道です。

『高熱隧道』をあらかじめ読んでおけば恐怖心はフッと消える、なんてことがあるわけはなく、ただ、登場人物たちからにおい立つ怨念にも似た執念がいくぶん脚の震えを小さくしてくれるんじゃないかと思ったりします。

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