『天空への回廊』はデスゾーンで日本人アルピニストが世界の危機に立ち向かう長編小説なのだ

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エベレストかエレベストか。わたくしは半世紀以上、ハッキリさせないまま生きてきました。正直言うと、いまでも間違えます。さっきも「えれべすと」と入力して変換したら「選れべすと」と表示されてハッとしました。恥ずかしながらヒラヤマなのかヒマラヤなのかもちょっと自信がありません。「ハイグレ」を「ハイレグ」と間違っていたしんちゃんとほぼ一緒のレベルです。んっ? 逆か? 「雰囲気」を「ふいいんき」とずっと読んでいたし、山口百恵の「あなたは時々振り向き Wink and Kiss」をずっと「あなたは時々振り向き 向き向き」と思っていて「あーなたはときどきふりむきむきむきー」って口ずさんでいました。けれども、学校の先生はトイレに行かないと思っていたのも、「肉体疲労時」を「肉体疲労児」と思っていたのもわたくしではありません。「サイモンとガーファンクル」を「サイモント・ガーファンクル」と思っていたのもわたくしではありません。そこまでヒドくはありません。

長い前置きになりましたが『天空への回廊』(笹本稜平 著)も文庫版で600ページをはるかに超える長い小説です。もう少しで読み終わります(昨日、読み終わりました)。
「使い慣れない武器はかえって足手まといだ。エベレストの自然と鍛え上げたヒマラヤニストとしての技量こそが、さとしにとって最大の武器だった」
後半部での記述です。ねっ、ワクワクしますよね。壮大で骨太なストーリーが長沢背稜のように貫いているんですが、そこに鳥屋戸とやど尾根やタワ尾根、二軒小屋にけんごや尾根なんかの支尾根がサブストーリーのように駆けあがってきます。いや、逆です。サブストーリーのように鳥屋戸とやど尾根やタワ尾根、二軒小屋にけんごや尾根が駆けあがってきます。いや、よくわかりません。そんな尾根たちに絡みながら、主人公の郷司は人類の未来を救うべく身体ひとつで悪者と対峙するのです。一難去ってまた一難、みたいな難儀なことが何度も郷司を襲います。希望の光が見えたと思ったらいきなりの絶望が後山川うしろやまがわ右岸道の崩落([1][2][3])のように眼前に広がり、郷司は心身ともに打ちのめされてしまいます。

郷司のデスゾーンでの死闘を読みながら自身の笹尾沢ささおさわ右岸尾根小怒田ノ尾根こぬたのおねの激登を重ねてみようと思ったんですが、やはりちょっとスケールが違いすぎるようです。ピンときません。無理があり過ぎます。素直に物語に没入するのが吉です。舞台は極寒ですが手に汗を握ります。舞台の酸素は極薄ですが夢中で読んでいるとときどき呼吸が滅茶苦茶浅くなっていることに気付き、郷司と一緒や、酸欠や、などと臨場感に浸ったりもします。

ストーリーはおおよそ想像通りに展開したりしなかったりしますが、『天空への回廊』にはデスゾーンでの人間の生態がとてもリアルに描写されています。読んでいて寒いし息苦しいし吐き気はするしあちこち痛いです。ヒマラヤに登ったことがないので確かなことは言えませんが、かなり実際に近いんじゃないかと思います。著者のヒマラヤ登山経験の有無にはあまり興味がないんですが、もし登ったことがないのならその取材力には感服します。おそらく何人ものヒマラヤニストの話を聞いたんじゃないでしょうか。
『天空への回廊』を読んで俄然ヒラヤマへ行きたくなるのか、無理無理となるのか、人それぞれでしょう。ちなみにわたくしは「よし、今年こそくもとりやまに登るゾ」と決心したのでした。

ところで著者の笹本氏はあの『駐在刑事』の作者でもあります。そうです。かつて捜査一課の刑事だったんだけれど、とある事情で青梅警察署水根駐在所に左遷された江波警部補が奥多摩で次から次と発生する難事件に立ち向かう物語です。『駐在刑事 尾根を渡る風』というシリーズ第2弾も刊行されています。小説を原作にテレビ東京系でドラマ化もされていて、江波役の寺島進が自転車の立ちこぎで奥多摩湖に架かるやまばしを疾走したりもします。Season2が2020年3月に終了し、Season3が待たれるところです。是非、『榧の木尾根は殺人尾根 水根沢林道ワサビ田跡に隠された将門財宝の謎』とか『ムロクボ尾根は死の尾根 オツネの涙は赤い復讐に染まる』とか『奥多摩湖は死の湖 60年の時を超えて湖底から浮かび上がる錆びた鍵』みたいなドラマを放映してほしいです。

以上、『天空への回廊』のレビューでした? お読みいただきありがとうございます。

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