「高さ」の大親分「日本水準原点」に会ってきた

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日本水準原点 奥多摩じゃない山など

あまり見かけないけれど水準点って何よ

水準点
日本水準原点は「高さ」の大親分で、ここを中心にして全国各地に「高さ」がさざなみのように伝え広がっていきました。そのさざなみの要所要所に設置されているのが水準点です。水準点は日本の「高さ」を語るうえではずせない存在です。ただ、山歩きで水準点を見かけることはほとんどありません。国土地理院が管理する水準点は一等、二等などがあり、全国で約1万6423点(2024年4月1日現在)も設置されているんですが、主な国道沿いをメインに約2kmごとに設置されてきたため、尾根上で見るなんてことはないわけです。

けれども一等水準点がめちゃくちゃ密集している場所があります。日本水準原点の周囲です。甲、乙、丙、丁、戊と名付けられた腕利き補佐官が、いや側近かな、いや参謀かな、まっ、なんでもいいんですが5か所に設置された一等水準点が大親分に異変が起きていないか見守る体制になっています。万が一、例えば水準原点の高さだけが変動するようなことがあれば水準原点の数値を改定することができます。水準原点が損傷を受けたら甲、乙、丙、丁、戊のなかから即座に代役を立てる、なんていう使われ方がされるかもしれません。

一等水準点標石の図

一等水準点標石の図。全長91cmで底辺の1辺は24cm。直径6cm、高さ1cm強の突起のてっぺんがこの水準点が設置された地点の標高です。標石を守るために周囲に2〜4個の防衛石(当初。後に保護石)が設置されることがあったらしい。1890(明治23)年の「陸地測量標条例施行細則」には石材は花崗岩がメインなんだけど場合によっては別のものを使ってもいいです、21cmほどが地上に出るように設置してください、とか、標石を彫る書体はハンコや紙幣に使われている隷書体にする旨の指示がありました。上図は『トラバース測量・水準測量 』(測量技術講座 第5 丸安隆和 オーム社 1951)の108ページより引用。

甲乙丙丁戊

赤い矢印の日本水準原点を取り巻くように甲、乙、丙、丁、戊の5基の一等水準点が設置されています。地図は国土地理院の「基準点成果等閲覧サービス」で日本水準原点を中心にして一等水準点を検索したものです。

水準原点を取り囲む一等水準点

日本水準原点を取り囲む一等水準点。(左上)甲。係員より標石の中心の突起は金属だと説明を受けたけれど石に見えてしょうがありません。(右上)日本水準原点の公開にあわせて鉄の蓋が開放されました。(左下)丙。日本水準原点にいちばん近い場所にあります。10数m?(右下)丁。5点のなかで唯一、地上にあります。防衛石はなく、柵に守られています。

日本水準原点の観測

日本水準原点の観測。日本水準原点と甲(多分)との間で水準測定が行われています。水準原点の目盛り「0」をレベル(水準儀)で測定し、次いで甲(標高22.9994m)に立てた標尺の目盛りを読み、高さの変動を調べます。写真は国土地理院のウェブサイトより。

一等水準点には基準水準点、準基準水準点、一等水準点、一等水準交差点、験潮場附属水準点、一等渡海水準点、一等道路水準点といったたくさんの分類があって、二等水準点などといっしょに日本の高さを知るための礎になっています。

基準水準点
基準水準点は100〜150kmごとに設置されていて2024年4月1日現在、全国に84点しかありません。通常の水準点にくらべてつくりは頑丈で、地盤が強固かつ土地開発の影響を受けにくい場所に設置されます。標石だけでなく地中にも測定の基準になる硬石標とクローム金属標という半球の突起が1個ずつ埋め込まれていて、ガッチリと「基準」を確保してます。

基準水準点の形状

左は基準水準点の形状。1949(昭和25)年の「測量法施行規則」で規定されたものです。『現行法規総覧 第21編 建設2』(衆議院法制局、参議院法制局 共編 第一法規出版 昭和25〜)より抜粋。右は1925(大正14)年に設置された基準水準点「基1」。静岡県静岡市清水区小河内の神社の境内にあります。黒板に書かれたⅠ、水準点の地図記号、基、-、1は「一等水準点の基準水準点で基準点記号は基1」という意味でしょう。3枚並びの石板をはずせば硬石標とクローム金属標の半球の突起が設置されているはずです。写真は国土地理院の「基準点成果等閲覧サービス」より。

ちなみに84点目の基準水準点は「基83」で沖縄県に設置されています。東京都の甲、乙、丙、丁、戊も基準水準点です。それなのに「基1」から「基83」まであって全部で84点というのはまるで勘定が合いませんが、番号には欠番があるのがその理由。甲、乙、丙、丁、戊のほかに基4甲(栃木県)、隠岐原点(島根県)といった変わり種の基準水準点の名前もあります。

「交無号」という一等水準点を訪ねてみた

霊岸島量水標モニュメントから「交無号」へ
1891(明治24)年3月、東京湾の海面の高さを観測していた霊岸島の量水標の近くに設置されていた旧水準点に替わって「霊岸島新点・交無号」という水準点が新設されました。「交無号」は水準点を結ぶ水準路線が交差する「交」と「0」の意味がある「無号」を合わせた言葉で、この「交無号」から「高さ」を測定する水準測量を行い、同年5月に日本水準原点の標高が25.000m(当時)と定められました。
海と水準原点の仲立ちを果たした「交無号」は何度かの移設を経て、2006(平成18)年から霊岸島量水標モニュメントから北東へ100mほどの現在の場所に。モニュメントの背後の通路に上がって隅田川に架かる橋(中央大橋)のたもとに向かって下っていけば左手に設置されています。
「交無号」はいまも一等水準点として現役です。標高は3.2096m。思わず指で押したくなる半円球の突起のてっぺんが水準点の標高です。水準点の地図記号は正方形の真ん中にポチリと点が打たれていて、水準点の標石を真上から見たままの形です。水準測量では突起のてっぺんに垂直に立てた標尺(長大ななものさし)の目盛りを機器で読み取ることで「高さ」を測定します。

一等水準点「交無号」

一等水準点「交無号」。この標石は1930(昭和5)年の移設時につくられたもので小豆島産の花崗岩を使ったことが国土地理院の案内板に書かれています。4個の防衛石(保護石)が標石をガッチリ警固しています。

「高さ」を測る水準測量の概略は以下の図のとおりです。

水準測量

高さを測定する水準測量のイメージ図。水準点の突起のてっぺんに垂直に立てた標尺(長大なものさし)の目盛りをレベル(水準儀)で読み取ることで高さを測定します。水平の測量を自動で維持できるレベルや熱膨張のごく少ないインバールという合金を目盛りに使った標尺で水準測量が行われます。図版は国土地理院ウェブサイトより。

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標高点の謎

「・」と数字
標高点は地形図に表記された「・」と数字です。「・」は場所、数字は標高を表していて「・1228」「・688」などと等高線の波間や街なかに何気にひょいと記載されています。
標高点ってなにかありそうなのになんもない場所」「ヘンなとこ」「せっかく標高点に立ったのにウエルカムドリンクとかないの?」「立ち飲み屋の一軒もない」などと暴言を吐きまくっている一方で、「高さはどーやって測ってんの?」「どーしてここに標高点があるの?」などという謎が薄っすらですがしつこくまとわりついて離れません。今回の日本水準原の訪問を機に標高点の謎をすっきり解き明かせれば暴言も少なくなろうというものです。

石尾根の標高点

石尾根の1227mの標高点あたりです。これといってなにもありません。

高さの測り方
高さの測り方には2種類あるようです。写真測量と現地測量です。
写真は自撮りとかではなく空中写真(航空写真)です。航空機やヘリコプターに据えた航空カメラで地表を連続的に撮影し、既知の水準点や等高線から標高点の高さを測定します。現地測量は文字通り現地で高さを測定したものです。写真測量は「標高点」、現地測量したものは「特別標高点」と呼ばれ、地形図上に「標高点」はメートル位、「特別標高点」はメートル以下小数点第1位で表記するように規定されています。ではあるんですが、地理院地図(電子国土Web)をマウスに血がにじむほど(ウソです)必死に探した(ホントーです)んですが、メートル以下小数点第1位まで表記された「特別標高点」は見つかりませんでした。山中で現地測量なんてまずしないだろうし、メートル以下小数点第1位まで必要なことはまずないだろうから市街地を中心に東西南北あちらこちらを探索したものの成果はなし。ひょっとしていまはメートル以下小数点第1位までの表記は使われていないのかもしれません。
まっ、ハイカーにとって何10cm単位の高さが重要になることはまずないんじゃないでしょうか。メートル単位でじゅうぶんだと思います。
ところがです。技術の進歩はげにおそろしいもので、航空機から発射するレーザ光や衛星測位システムなんかを使った航空レーザ測量で測定した「5mメッシュ(標高)」という5m四方の中心の標高が公開されたと思ったら、「1mメッシュ(標高)」も公開されつつあります。尾根歩きには無縁の精度の高い標高データですが、津波や洪水、土砂災害などの防止、災害復興、環境保全、土地開発などに活用されています。

独標
ここでちょっと気になっていた言葉の整理をしておきます。「標高点」と「独立標高点」(独標 どっぴょう)です。
明治24式の地形図図式(地形図に表記する記号や文字に関する規定)には「標高点」の表記はなく、「独立標高点」(海面ヨリの高サ)と書かれています。
昭和30年式になると「独立標高点」は「標石のあるもの」と「標石のないもの」に分けられます。これまで小数点以下1位までのメートル表記だったのが、「標石のないもの」は小数点以下がなくなりました。そして昭和35年の昭和30年式の加除訂正で「独立標高点」の「独立」の文字はなくなり「標高点」となりました。
現在は標石の有無ではなく、前述した現地測量をした「特別標高点」と写真測量の「標高点」に分類されています。ということで「独立標高点」(独標)という言葉は公式には消失し、「標高点」に置き換わっています。独標といえば地形図にもその名前が掲載されている西穂独標が有名だと思いますが(行ったことありませんが)、山頂に三角点はなく標高点が「・2701」と表記されています。

標高点の場所決めは職人技
標高点の高さはどう測られるか? スッキリした、かどうかは微妙ですが、次なる謎の標高点の場所はどのように決められるのでしょうか。せっかくの「日本水準原点」一般公開の日です。「測量の日」のジャケットを着て水準原点の解説パネルの前に立っている係員にズバリ質問しました。
「標高点の場所はどう決めているんですか」
「うーん。職人技ですね。周囲の地形を見て、ここって決めるんですよ」
「へっ」
って声を出したような気もするけれど、とまどったあと「ああ、そーなんだ」となんとなくココロのなかで納得というか、地形図に打たれた数々の「・」が綿密に計算されたものじゃなくてよかったような気がしてなりませんでした。
平成25年2万5千分1地図図式で等高線に書き込まれる数字は決められた書体(傾斜体)で標高を記載することになっているんですが、その位置は「地形の表現が妨げられない位置に表示する。ただし、曲率の大きい尾根、谷線上には表示しない」「表示密度は、基準点を含めて、図上4cm×4cmに1点程度とする」となっています。つまり、険しい場所や三角点なんかがある近所には数値の表示はいらないよ、ということです。つまり、そういう場所に標高点が表記されていれば「高さ」を知るのに等高線と補完しあえてバッチグーじゃないですか。地形図や空中写真を精査し、高さがわかりづらいよねというポイントや、高さがわかったほうがいいよねというポイントに「ここ」って「・」を打つのは確かに職人技に違いありません。あらためて標高点をつらつら眺めているととんでもなく美しく配置されているように見えてきました。

鷹ノ巣山周辺の標高点

鷹ノ巣山を中心にした標高点()の美しいバラつき。日蔭名栗山の北にちょっぴり空白があるんですが、ここには等高線に「1500」mの記載があります。

標高点って必要?
登山アプリをインストールしたスマホを持っていれば瞬時にいまいる場所と標高がわかります。スマホの電池切れや故障のリスクがゼロなら地形図もコンパスも不要です。でもねえ、でも標高点がないと尾根歩きは実に素っ気ないです。等高線のキツい詰み具合にヤラれても「なーんもないんだ」などとうらみつらみを吐いて急登のツラさをまぎらわすことができません。なーんもない「・」に立ち、ほうれい線ににじむ汗を拭い、「ウエルカムドリンクなんて出ないよねー」などと思いながらペットボトルに詰めてきたほうじ茶をごくりと飲むと、先行きの見えない等高線のその先に歩いていく気力がちょっぴり湧くのです。

※「日本水準原点」の一般公開に関する情報は国土地理院関東地方測量部の「測量の日関連イベント」で告知されます。
※この記事を書くにあたってめちゃくちゃたくさんの書籍やネット情報を参考にさせていただきました。紹介しきれないのでこの一文でご容赦ください。もちろん、「日本水準原点」の公開日に説明をしてくださった係員、メールでの愚問に回答いただいた係員のみなさんにも感謝します。

そして最後までお読みいただいたみなさんに感謝します。

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