今回は熊倉尾根(くまくらおね 熊倉山南尾根)を登り、サヲウラ峠という峠から丹波(たば)に下りました。
熊倉尾根は山梨県丹波山村(たばやまむら)の熊倉山をてっぺんにしてほぼ南に延び、丹波川と熊倉沢の出合いに落ち込んでいる尾根です。
実は、当初は熊倉山からサヲウラ峠を経て、天平尾根(でんでいろおね)を東へダーッと歩いて親川(おやかわ)というバス停に下山する計画だったんですが、親川バス停発の時刻は15時56分の次は18時31分。2時間半以上の間隔があります。貧脚にむち打って15時56分に間に合わせることができればそれでいいんですが、無理そうなら丹波天平というピークで天平尾根を離脱し、道の駅に併設されているのめこい湯に入浴、という、まー、どっちでもいいか、という計画で出発したんですが、結局、この計画もただの計画に終わってしまいました。
尾根歩きにちょくせつ関係ないんですが、『バリエーションハイキング』(松浦隆康著 新ハイキング社刊 67ページ)の丹波山村に関する[『甲斐国史』には「深谷ノ間ニ家居スル故ニ、朝ニ日ノ出ル遅ク暮ニ日ノ入ル事早シ、故ニ諸作ノ稔リ悪ク、又常ニ霧深ケレバ焼畠ヲ作ル、凡テ水田ナシ蚕ヲ食ヘドモ絹ヲ織ラズ」]という引用に驚きました。えっ、蚕を食べていたって本当? どうやって食べてのかな? と興味がわき、明治15-17年に出版された『甲斐国史』の該当部(村里部第16下 14ページ)を探して読んでみました。そこには「深谷ノ間ニ家居スル故ニ朝ニ日ノ出ル遅ク暮ニ日ノ入ル事早シ故ニ諸作ノ稔リ悪ク又常ニ霧深ケレハ焼畠ヲ作ル凡テ水田ナシ蠶ヲ養ヘトモ絹ヲ織ラズ唯婦女ノ僅ニ太布ヲ織ル事アノルミ」 と書かれていました。食べていませんでした。「食」ではなく「養」でした。んー、ちょっといろいろ残念ではあります。

熊倉尾根
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■コース | JR青梅線奥多摩駅→[START]丹波バス停→(30分)熊倉尾根取り付き→熊倉尾根→(3時間40分)熊倉山→ミサカ尾根→(30分)サヲウラ峠→(1時間50分)[GOAL]丹波山温泉バス停あたり→JR青梅線奥多摩駅 |
■歩いた日 | 2020年2月15日(土) |
※赤い線が歩いた軌跡です。ただ、正確無比なものではありません。あ〜、そ〜、このあたりを歩いたんだ、程度の参考にしてください。
■JR青梅線奥多摩駅→[START]丹波バス停→熊倉尾根取り付き→熊倉尾根→熊倉山
熊倉尾根はほぼ全行程ヤセ尾根のちょっと珍しい尾根です。とんでもない急登もあり、予定していたコースタイムをはるかに超えてしまいました。

留浦(とずら)あたりから西に踏み込むと雲取山(くもとりやま)の領分、というイメージなんですがヘンかな? ここはもうどドップリと雲取山です。











頌徳碑は誰かが何かをしたことを顕彰する碑ですが、碑の裏側に詳しく彫られていました。簡単に書くと、明治34年に宮内省の丹波山御料林が水源林として東京府に払い下げられるとき、丹波山村が所有していた入会権を放棄するかわりに山林の樹木を時価より割引で購入できる契約が結ばれたそう。その差額で村の財政は潤うことになり、その契約に尽力した当時の守岡吉平村長を顕彰する、ということのようです。





















































































熊倉尾根は余裕をみても2時間40分くらいで歩けると思っていたんですが、結局1時間超の3時間40分かかってしまいました。ほうじ茶を飲みながら思案です。バスや日没の時刻、体力の残高なんかを考えて天平尾根を歩き通すのも丹波天平からの離脱もやめ、サヲウラ峠から丹波に下ることにしました。
